会社を売る・事業を買うとき、従業員はどうなる——事業譲渡・会社分割・合併と労働契約
2025-08-18
5秒でわかる結論
合併=包括承継(全員自動移転)、会社分割=労働契約承継法の手続(5条協議等。日本IBM事件・最二小判平22.7.12民集64巻5号1333頁)、事業譲渡=特定承継(本人の同意が必要・民法625条1項)。M&A時の従業員の処遇ルールを整理。
M&Aで台湾人経営者が最も見落としやすい論点:従業員は資産ではなく、自動的に事業について移るわけではない——形態によってルールが全く異なります。
3つの形態の比較
- 合併:権利義務の包括承継——労働契約は全員自動的に存続会社へ移転し、個別同意は不要です。労働条件はそのまま承継されます(その後の変更は不利益変更法理によります)。
- 会社分割:労働契約承継法による処理——承継事業に「主として従事」する労働者は原則として分割に伴い移転(本人の異議権は限定的)、主として従事しない者が分割計画に記載された場合は異議を述べられます。手続面では5条協議(労働者との個別協議)・7条措置(労働者全体の理解と協力)が必須——最二小判平成22年7月12日(民集64巻5号1333頁〔日本IBM(会社分割)事件〕)は、5条協議が全く行われないか著しく不十分な場合、労働者は承継の効力を争えるとしました。
- 事業譲渡:個別の資産負債の特定承継——労働契約の移転には労働者本人の同意が必要です(民法625条1項:使用者の権利の譲渡には承諾が必要)。「全員自動移籍」はあり得ません:①買主が受け入れ・本人も同意→移転②買主が受け入れない→売主に残る(売主に事業がなければ整理解雇法理の問題)③本人が拒否→同様です。
実務上の紛争類型
- 特定の従業員を排除する事業譲渡:「欲しい従業員」だけ新契約を結び、不要な者は「事業がなくなった」として解雇——形式は特定承継なので可能ですが、組合員・内部通報者の排除を目的とする選別は、不当労働行為・公序違反として否定された裁判例があります。整理解雇4要素の審査も待っています。
- 労働条件の切下げ:譲渡先が「新契約」で大幅減給——本人が同意すれば原則有効ですが、同意の自由意思審査(山梨県民信用組合事件の枠組み)が適用されます。
- 退職金の勤続年数通算:譲渡契約・新労働契約の書き方次第です——従業員側は署名前に必ず確認を。
台湾人買主のチェックリスト
労務DD(デューデリジェンス)の必須項目:未払残業代(最大3年分の簿外債務)・社会保険の未加入・就業規則と実態の乖離・固定残業代の設計・労使紛争の火種。株式譲渡ではこれらをすべてそのまま承継します——事業譲渡なら切り離せるのが、スキーム選択の重要な要素です。
※ 本記事は一般的な法律情報であり、個別の案件に対する法的助言ではありません。実際の案件については必ず弁護士にご相談ください。本記事の内容は記事作成日(2025-08-18)時点の法令・判例に基づくものであり、その後の法改正等により変わることがあります。